陽だまり

陽だまり

もうすぐ改装される予定の駅の階段を降り、そのまま線路ぎわを歩き、踏切を渡ってから、ちょっとだけ脇道に入ったところにそのレストランはあった。
コロッケや炒め物のシンプルなランチを出すお店で、カウンター7席しかない店だったが味に特徴があったのと、カウンター越しに店員さんがジュージューと炒めたりコンコンと切っている音や振る舞いに勢いがあって、いつ行っても会社員や学生で席が埋まっていた。オーナーは別にいるのだろう。店員さんもアルバイトでそれほど愛想がいいわけでもなく、悪いわけでもなく、お客さんもひとりひとりたんたんと食事をして順番にお会計をして出て行く、そんな店だった。
駅の周りはもうすぐ行われる駅前工事のために、歯抜けのように店がなくなっては空き地になり、立ち入り禁止のロープが張られていき、僕がこの町に引っ越して来た頃のほのぼのとした駅前の雰囲気はすでにすっかりなくなってしまっていたが、その店だけはそういう時代の移り変わりにも関係ないものがあるんだと言わんばかりに無表情に同じ営業を続けていた。

そのころ、僕の仕事の状況も、まるで駅前の風景とシンクロするかのように、つい数年前までゆっくり一緒に未来を夢見ていた仲間たちが一人去り、二人去り、ますますうまくたち行かないようになっていた。
毎晩夜遅く電車を降りて、空き地が広がる駅前を通って家に帰るとき、その風景はまるで自分の仕事の状況を暗示しているように感じられた。自分のために用意された不吉な映画のセットのように。
そんな中でもいつもその店だけは煌煌と灯りをつけて営業を続けていたが、その無表情な営業スタイルとまったく飾り気のない店構えは、むしろ僕の気持ちをあせらせることはあっても明るくすることはなかった。まるで、速い時代の流れに負けないためには、より無表情に生きるしかないのだと言われているようなそんな気持ちになった。
僕は次第にいろんなことを悪い方へ悪い方へと考えるようになり、仕事場でも少しずつ口数が減っていった。その年はどういうわけか天変地異のようなことも多くニュースを見るたびにさらに暗い気持ちになっていった。
そしてしまいには家に帰ってから一緒に住んでる彼女のいう言葉のひとつひとつにもビクビクするようになってしまっていた。

そのころの話だ。
その日も僕は駅前の通りを歩いて家に帰り、黙って自分の机にカバンをおいたまま、座り込んで、ほんとにいったいどうしたらいいんだろう、と考えていた。 いや、どうしたらいいんだろうという言葉だけがなんども頭の中でリピートされてはいたが、もう実際には何も考えられなくなっていたんだと思う。
「聞いてくれる?」
顔を上げると、さっきまで台所にいたはずの僕の彼女が、すぐ横にいていつになく真剣な、見ようによっては深刻とも取れる表情をして座っていた。彼女がそばに来ていたことにも僕は気づいていなかった。
僕は反射的にあまり彼女の話の続きを聞きたくないと思った。何があったにせよ、これ以上の厄介ごとにはもう耐えられないんだ、だから頼むから静かにしててくれ。そう思ったがそれすらももう口に出す元気がなかった。 僕はだまって彼女の顔を見ていた。
「あの駅のとこのレストランに今日行ったのよ」
彼女は言った。
彼女の話は僕の頭に染み込まない。ただ、頭のほんの表面の方で、なんだ、そんな話か、とぼくは思っていた。あとの頭の大部分は、いまそれどころじゃないんだ、仕事が大変なことになっているんだ、と思い続けていた。
ただ、昼間に一人で彼女がそこに行ったというのを少し意外に思った。あんまり女の子が一人でごはんを食べに行くような雰囲気の店ではない。ひょっとしてそこでなにかがあったんだろうか。
「そしたらね、、」
と彼女が続けた。
「鳩が入って来たの」
「鳩? 」
僕はびっくりして思わず聞き返した。鳩が入って来たということにでなく、ハトという言葉が出て来たこと自体がすごく意外だったのだ。ハトという生き物のことなんかすっかり忘れていた。というかあの駅前でハトなんかみたことがあっただろうか。
「そう。今日天気が良かったから店のドアがあけてあってね。そしたら、ふとみたら、入口のとこに、ポッ、ポッって。鳩が。」
僕は話の続きを待った。彼女が黙っているので、
「それでどうしたの?」と僕は聞いた
「それだけ。鳩が入って来たのよ。かわいいでしょ。」
そう楽しそうに言うと彼女は再び台所に行ってしまった。
彼女の背中に向けて、僕はずいぶん遅れて
「そうか。」
とつぶやいた。

たぶん僕はその日もそのあと寝るまで、相変わらずいろいろと仕事の心配をぐじぐじと考えたりしていたんだと思う。でもそれと同時に、頭のどこかで、ずっと、あの無表情なレストランの入り口に、となりの空き地からやってきた鳩がポッポッと鳴きながら入ってきているところを思い浮かべていた。
そして寝床に入り目をつむると、なんだかきっとそこに、店先に入って来た鳩の足元あたりに、「あたっていたんだろうな」と思われる、太陽の光がありありと目の前に浮かんだ。
その光景を思い浮かべながら僕は眠りについた。

あれから十何年経って、もう僕は遠くの違う場所に引っ越してしまった。その町では本当にいろんなことがあったのだ。決していいことばかりではなかった。
それでも、いまでも僕がその町のことをふと考えるときに、いつも頭に最初に浮かぶのは、僕自身は見ていないはずの、レストランの入り口の鳩の光景なのだ。

(2016.12  京都平安堂さんでの朗読会にて、朗読家辻曙美さんの朗読のために書きました)

2017-01-02 | Posted in SentenceNo Comments » 

関連記事

Comment





Comment