嫉妬と、硬直した体制。

嫉妬というのはもっとも友情を裏切る

とここ数年よく思う。

怖いことだ。
成功しておめでとうと思えないなら最初から一緒にいなきゃいいのに。とよく思うことがある。

嫉妬してる感情とか嫉妬している表情ほど周りにわかりやすいものはない。
嫉妬は、本人の気持ちとは裏腹に、その人がどれだけ「本当は自分の方がすごいのに」と思っているかをあらわにする。怖い感情だなと思う。わかりやすいところが。

いろんな嫉妬が世の中にあるけれど、経済的成功をしている人に嫉妬している人というのは、本人が成功していない場合でも、経済的成功でいい気になっている人とほぼ全く変わらない価値観だったりする。

困ったことに、経済的に実際成功して単純にそれを喜んでいる人より、「経済はそれほど大事でない」と言っていながら実は深い嫉妬を感じている人の方が、経済優先主義なのではないかと思う。

コンプレックスというのは、実はその考え方に対する強い支持の表れだったりする。

僕の周りにも、全くずっと売れてはいない人から、レコード大賞とって有名になった人まで、そういう尺度でみようとすれば色々いるけれど(真面目に考えたら、そんなの一直線に並べられることですらないのに・・)、面白いことに、その人がそういうことにとらわれているかどうかは、本人の境遇とは全く関係がない、つまり、当たり前のことだが、成功しても何も気にしてない人もいるように、貧乏でもまるで気にしていない人もいる。(実際に困ることはあっても。)

そういうことは、誰かが成功した時の反応とかでよく透けて見える。
実際のいろんなことより、そういう「意識の在り方」の方が大事なんじゃないかな、と思う。
信頼される人は、成功や実績がなくても信頼されるのはそういうことだ。
他の価値観を気にしていないから信頼できる。

そういう意味では、誰か友達の成功を、普通に楽しく穏やかに「よかったなぁ、あいつ」と話し合えたときというのはある意味とてもホッとするというか、なんだか平和な空気が流れる。
それが当たり前と思うのだけど、そうばっかりではない。

嫉妬は平和な友情を裏切る最たるものだ。

そういうことにドキッとするときは、「自分はこれでいいのだ」ということをとことん再確認した方が良いと思う。
現在に満足しないと何も始まらない。

すごい正論を書きすぎていて恥ずかしい気もするが(笑)、でもたまに、嫉妬の裏返しの皮肉のような笑いや表現がなんだか残念な時があるのだ。
そういう皮肉はそれを言った本人のこと以上に、何かすごくがっかりするものを含んでいる。
一見マイノリティーのように見えるものの中に、ものすごく古くて硬直した体制のしぶとさと醜さを感じる瞬間なのだ。

2018.4.3.

2018-04-03 | Posted in EssayNo Comments » 

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