時代が通り過ぎてしまった


今度、5月31日になんと弾き語りのライブをやります。
そう決心しました。
背中を押してくれる人がいたから、なのですが。
ぜひ見に来てほしいです。

20歳ぐらいの頃からずっと実は弾き語りの曲を作っていました。
もともと弾き語りを目指していたのです。最初は。
でも、あまりに歌の評判が悪く(笑)結局、鍵盤プレイヤーになりました。

鍵盤奏者として生活するようになってからも、どういうわけか
折に触れて、自分のためだけに歌をよく作っていました。
自分だけのための歌。
でも心のどこかでいつかは誰かの前で歌うこともあるかな、と思っていました。多分。

今日だけでは書ききれないいろんな気持ちがあるのですが、
今日書こうと思ったのは、一つ面白いなと思ったことがあるのです。

今回、背中を押してくれた人に、勇気を出して曲を聞いてもらいました。
1曲「団地の道」という曲があるのですが、
僕が20歳の頃に友達に聞かせた時には
「お前、団地とか歌詞に使うのはダサいんじゃないの?」
「四畳半なんとか、、みたいで普通歌詞に使わないよ」
とか言われてすごく評判が悪かったので
そこが大丈夫かなぁ、と聞いてみたところ、全く気にならない、と言われました。

考えてみると、団地というもの自体があまりなくなってしまったのだな、と
気づきました。
考えたら30年近く経っているのだ。

こういうのはなんていうんだろう。
よく「俺は先を行き過ぎて、時代がようやく追いついてきた」
という人がいますが、
その正反対でもともと20歳の頃にダサいと言われるようなことを歌ってた僕は
今も基本的に全くその頃と変わってはいないのだけど
気づいたら、(ダサいという言葉自体もそうだけど、)すっかり時代が変わってしまって
単純に今はもうなくなってしまったり通り過ぎていってしまったことを、
自分ではもうよくわからないまま今歌おうとしているのだろうなぁ、と思うと
少し笑ってしまった。

そんな全く個人的な回顧展のようになってしまうかもしれませんが
それでも興味を持ってくださる方がいらっしゃったら
5月31日の夜を空けておいてください。

よろしくお願いします。

2018.4.3.

2018-04-04 | Posted in DiaryNo Comments » 

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