こどもの環境・ピアノを弾くからだ・声が聞こえるということ

京都女子大の初の授業だった。4回生は幼稚園や小学校の先生になるための試験でピアノを弾かなければならないから、3回生までよりはちょっとピアノに対するいろんな必要がでてくる。
ぼくもそれに対応していろんなことを伝えていかなくてはいけない。

深見先生が東京の大学にうつられて、今日は新しくいらっしゃった神原先生との初の授業だった。国立音楽大学でリトミックを専門にされていた先生。これから僕自身いろんなことを学べるのではと楽しみです。
今日、先生が生徒のみなさんにお話してたこと。
「こどもたちに音楽をしてもらうときは、他のこと、たとえば造形とかお絵かきとかそういうことと一緒で、<環境づくり>が一番大事です。環境ができてしまえば大体あとはうまくいく」というようなことをおっしゃっていて。ぼくは、おぉ!!ほんとうにまさにそうですよね!と心の中で大きくうなづいてしまった。
僕もワークショップをいろんなところでやるようになって、「ほとんどのことは空間配置で決まっている」ということが体感でわかるようになった。
そしてそれは自分が演奏活動をするときにも、大きく影響している。要は自分で選んでるのでなく空間上そうなっている、ということがすごく多いのだ。音楽の場合。
私たちは、どこかで同じ空間の中にいて、物体としてつながっている。

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そしてピアノの生徒が今日は2人。ピアノのレッスンは決して知識の伝達がメインではない。それももちろんあるのだが、一番重要なのは、少しずつ「体」が変わっていくことだ。それに関しては知識だけでは伝えられない部分がある。それを、いろんな言葉や身振りを使ってつたえていく。

人の体はすぐには変わらない。

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夜、急に雨がふった。強い雨。
最近いろんなことがあった。なんか同じことが何年か前に他でもあったな、と思う。
少し冷静になって考えてみた。
僕が仕事に関して「お金」に関しての情報開示にうるさくなるときというのは、周りから「意外とビジネスライク」と言われたり、「仕事意識が強い」もっというと「お金にうるさい」と思われてしまうことが多い。
しかし、雨の中を歩きながら、ふと気づくと、そういうときに自分が一番警戒してしまっているのは
「無言でリードされたり決められたりすること」なんだな、と思う。
とても生理的な感覚なのだが、自分はそれが「いいこと」であっても、暗黙のうちにリードされたり決められたりするのをすごく嫌うところがある。
どうもそれを表現すると、表現が下手なだけだと思うのだが、「信頼してない」と思われたり、「ビジネスライクすぎる」と思われたりすることがほとんどだ。
ふと気づくと、おそらく自分がほんとに伝えたいことはうまく伝えられてないのだな、と思う。

でも世の中一般的には、「だまってまかせる」というのが信頼の証らしい。
ぼくはそういう文化にはなじまないのかもしれない。

ぼくにとっては、信頼というのはなんだろう・・
と考えてしまった。

たぶん、
お互いの「声」がちゃんと聞こえる、ということ

かな、と思った。そのとき、そのとき。

なぜなら、ほんとうは「私」も「あなた」も同じ空間では溶けていくだけのかりそめの今でしかない。
そこには、優劣がないのはもちろん、ほんとはどちらもいないのかもしれない。
だからこそ、大事なのは頭の中の概念ではなく、いまのあなたの声が聞こえること。

「私はこうです。あなたはどうですか?」

2018.4.11

2018-04-11 | Posted in DiaryNo Comments » 

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