しのごのいう大人にだまされないでね

ここ10年か20年くらいずっと思っているひとつのことがあって、ほぼ確信に近いものが得られたので、書いてみたい。

その10年か20年かの間に

「アートもしくは音楽は、あるなんらかの思想の反映であって、その思想こそが大事なのだ」という考え方や

「アートや音楽の、社会における価値や位置付けを明確にしなければならない」

という考え方が、ほぼ主流を占めてしまったかな?とそういうふうに見える。

そして、新しい価値観や、新しい社会への扉を開くようなものの考え方を待ち、それを発信すること、それこそがアーティストにとって大事なこと、ということが、ほぼ常識となってしまったのかな?と思ってしまうくらい、日々そういう言説を目にしてきた。

かなり前から、それがもしかしたら大ウソなのでは、と心の奥で思ってきた。いや、別にそういう考え方を大事にする人がいるのはまったく構わない。それはそれでよい。

しかし!

そういう考え方こそが、アーティストをアーティストたらしめる条件であるかのように語ったりあるときは学生にそういうことを考えなきゃダメなのだ!と説いていたり、もしくはそこまでいかなくとも「ある自分の考え方を持ってそれ以外の音楽やアートには価値がないというような意見」を言ってる大人に関しては、最近確信を持って、

ほぼ大ウソだな

とはっきり思うようになった。

ほとんどの場合そういうのはその大人自身の「自分の価値を高めるための言葉」であったり、「自分以外のアートを認めたくない気持ち」に近いのではないかなと感じている。つまりすごいざっくり言ってしまえばは本当の自信がないのだと思う。

本当の自信は「私はこれが作れる。作りたい。作っている。(他の人が何を作ろうとも)」ということであって、

「私の作るものはかくかくしかじかの理由で他のものより素晴らしい」ということではないはずだ。後者のようなことを言う人は「本当は何が作りたいかわからない」と言う場合がほとんどと思う。

この確信について論理的に説明しようとしたらそれはそれである程度可能な気もするのだが、むしろ今日は僕が日ごろよく使う「料理」との類似でもう少しだけ表現できたら、と思う。

すごく簡単に言わせてもらうと、

しのごのいっても

「うまいもんはうまい」

ということだ。

そして、料理以上にアートの場合は

その感じ方が人によって「違う」

そこが面白いのだ。

そして、料理もジャンルによらない。高級なものも、軽食のようなものであっても、うまいものはうまい。のだ。

それはどこから来るのか、分析もできるかもしれない。でも基本的には、素材や作る人の「手の技」だ。

こういう料理はいかんとか、料理するならこういうことをわかってなきゃいかん、とかしのごのいう奴のレストランでうまいものを食ったためしはない。

ひどいことを言えば、いくらうまいもんだしてても、店主がある程度以上それについてしのごのしゃべる店は、うまさが半減する。なんでだろう。

そういう言葉と、料理や音楽はほんとうに相性が悪いのじゃないかと思う。ほんとうにうまいもの作る人は、しのごの「大雑把な分類はしない」「簡単に物事を断じない」と僕は感じている。

そしてさらにアートのほんとは一番素晴らしいところは、

うまくないものですら作っていい、というところだ。

意味がなくてもいい!その、あまりにすばらしいそしてあたりまえの楽しい部分を忘れてしまった大人は、一度子供達との音楽やアートのワークショップでも体験してほしい。頭をショックでがーんとぶっ飛ばされた方が幸せになるんじゃないだろうか。

 

自信のない大人はしのごのいうのだ。遊べなくなった人はおぼれそうになって板につかまってるかのように賛同者をつのるのだ。

おぼれる人についていかないでほしい。

ぼくはこの文章を若い人に向けて書いている。めずらしいことだけどはっきりそれを書きたくなった。

どうか、そういう言葉に騙されて、「工夫」しないでほしい。

自分が好きなら好きなことを繰り返す。それは素晴らしいことだ。

しかし頭で考えて工夫する「必要がある」と他からの影響で思うことはほんとうにある意味致命的なのではないかとさえ思う。

自分が「おいしいな」と素直に思えるものを信じて、いや、ほんとうはただただ遊んで遊んで、それでいいと思う。そうやって楽しくだまって作り続けているすばらしい大人がいっぱいいる。ほんとうにちょっと気づけばそういう人がいっぱいいるのです。

そういう人にだけついていってほしい。いや、そういう人はだいたいついていく、とかさせてくれないと思う。ただ対等に一緒に遊べるだけ。そう思ってると思う。

そういうところにしか本当の発見はない。そう思います。

そんな願いを強くもっています。

 

 

 

 

2018-06-09 | Posted in EssayNo Comments » 

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