2018年後半の学び。団子。クライアントセンタード。自由について。

2018年後半、10月以降くらいの私生活や仕事を通じてあらめて痛感した二つのこと。

①人との間には適度な空間と間が必要。人は団子ではない。くっつきすぎると問題がおきる。

②クライアントセンタードアプローチ(来談者中心療法)に学ぶ。
面倒を見る方が依存している。この娘は私がいないとだめなんだ!という親と、なかなか自立できない娘がいる場合は、実は依存しているのは、親の方である、という話。
そして、依存するものが依存から自由になるには、実は対象に対して無力である、ということを知ることがスタートという話。
アルコール依存症者は、「アルコールをやめられる!」とがんばっている間は実はやめられない。
「私はアルコールに対して無力である」と気づいてはじめて、「今はアルコールが必要なのだ。感謝しよう。」となり、「少しずつ減らそう」ということが可能になる。
さきほどの親の例でいうと、「私は娘に対してなにもできない。無力なのだ。」と気づいてはじめて、「娘がいることに感謝しよう。」「娘を尊重しよう」という風になる。

①②ともに、すごく大切なことだが見過ごしがちなポイントだな、と思う。

①まず、なにかするときにひと呼吸待ったり、少し人と距離をとる大切さ
②本人が選ぶまで待つ。よけいなリードをしないことの大切さ

の二つをあらためてすごく大事だなと思う。

両方とも「自由」の大切さのことを言っていると思う。

命は、「自由」がないと生きられない。
命は、「自由」があたえられないと、しぼんでいって、死んでしまう。

間と、呼吸と、距離と、自由。
それは、音楽にとって一番大事なものについての話でもある。

しかし概して、人間社会は、それと逆の方に働く場合が多い。自由な空間をどんどんと言葉で埋めて行く。それは一見ゴールに近づいているようで、ただ命をしぼませていることが多い。

なぜだろう。
ひとりひとりが、ほんとうのところは不安だからだ。
でもいちどしがみついたら、手をゆるめることはなかなか難しい。
自分が依存している、自分が空間をあけることを恐れている、ということに気づくのは難しい。
ほんとう音を聴くことはそれを手助けする。
音を聴くことは、自由の始まりを手助けする。

2018.12.31.

2018-12-31 | Posted in Diary, EssayNo Comments » 

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