とてもプライベートな話。家族のこと。

プライベートなことをこういうところで書くのはどうかな、とずっと思っていたのだが、
どうもたまには書いた方がいいのかもしれないな、と思うようになった。

もう50歳をすぎているということが自分でもたまに不思議に思う。
そんな歳になっても、家族のことがこんなに解決してないとは驚いたことだ。

中学のころ、ぼくが部屋にいると、ぼくの母と姉が、かわりばんこにそれぞれの部屋をノックしてはケンカをしていた。
ぼくの部屋はふたりの部屋のまんなかにあったから、どちらかがどちらかに行く音がすると
「あぁ、、今夜もはじまったか」と憂鬱になった。
最初は軽い口喧嘩だ。しかし最後には必ず、怒号になる。
ぼくはずいぶん二人の間に割って入ろうとしていたと思う。
二人の言い分を聞くと、はっきりいって母親の言ってることがあきらかにおかしかったから
ぼくはほぼ100パーセントいつも姉の味方をしていた。
ぼくの記憶ではまちがいなくそうである。

しかし、ぼくの記憶はぼくだけのものなのだな、と思った。
今日こんなことを書こうと思ったのは、
基本的に、人が見てる現実はまったく異なるのだな、という実感を今日得たからだ。
それはもちろんずっと思っていたことではあったが、今日は決定的にそういうことを感じた。
ぼくの記憶は、ぼくのもので、他人のものではない。

でも、ほんとうにそう思ったら、
だからぼくがそれを多少書いても文句は言われないだろう。
姉は、詩やら文章やらブログやらにずっと、家族への憎しみを書いている。その中にはなんと僕も含まれているのだ。
そして今日見たら、いまだに「弟がきらいだ」と新しく書いてあった。
いまだに、だ。

ほぼ数日おきにくりかえされる怒号にノイローゼになりそうだった。
そして、姉が高校に入っても、なんだかは僕にはわからなかったが、姉はどんどんと自分の中に引きこもって行っているように見えた。
高校で友達とうまく行ってなさそうなので、相談に乗ったことも少なからずあった。
(ぼくの記憶では間違いなくそうである。)
バイトをはじめるというので、自転車で二人乗りして送り迎えしていたこともあった。

しかし、そんなことはまったく本人にとっては関係のないことなのだ。
ぼくは心のどこかで、なにかがいつかは通じるのではないか、と思っていた。
特に最近またそういう期待をしてしまっていた。
どうなってほしいなどと思ったことなどない。ただ、ふつうにお姉さん元気でいてほしいな、といつも思っていた。
しかし、そういう気持ちが伝わる伝わらない、というのはなんの関係もないことだった。

高校を出てから、その後、姉はどんどんと無口になっていった。
いや、しかしよく思い出してみると、中学のころから、姉はあまり積極的にはぼくと口をきかなかった。
ぼくは、何度か姉に嫌われてるのかな?と思ったことがある。というかある意味恒常的に。
それを今日思い出した。
案外、小さいころから姉は僕を嫌っていたのかもしれない。

姉はその後、心の病になって苦しむ時期がきた。
その少し前のころ、姉に会った時に姉がすごく不自然なくらい口をきかなくなっている時があって、
浦和駅の近くで大丈夫なのか?となんども話しかけたことがあったが、そのときにはもう姉は何も聞いてないように見えた。
でもその時に僕が自分で思ったことも自分で覚えている。
「まぁ、でも前から僕のいうことなど聞いてなかったからな」と思ったのだ。
今思えば、中学のころ母親とけんかしていたころから、ぼくのいうことなど何も聞こえてなかったのだろう。
僕はけっこう必死に母親の考え方がおかしいと力説したりしていたのだが。(僕の記憶ではそうである)

僕自身が、高校のころ、ただただとにかくなにがつらかったかというと
「怒号」が家の中で絶えなかったことだ。
今は、姉には姉の大変な事情があったのだ、とわかる。
しかし、当時はぼくはとにかく、静かなところに逃げたかった。それは正直な気持ちだった。
京都の大学に入り、一人暮らしをしたときに、
「あぁ、世界にはこんなに静かな自分のための時間というものがあるのか」と思った。
しかし、なぜだか、いつのころだか、姉の中では
「弟は父に家を追い出された」「弟は家族から逃げた」という二つのことになっているようだ。
僕ははっきり覚えている。後者は事実である。家族の怒号から逃げたかった。
それは本当のことだ。ほんとうのことだし、まったく悔やんでいない。なにが悪いだろうか?
そうしなければ僕自身が生き抜けなかったと思っている。

しかし、ぼくは京都にいくまでの間、ぼくなりにかなり必死に姉を守ろうとしていたのだ。
だが、そんなことは、それこそ、「僕の中の物語」なのだ。だからそういうことは言わずに来た。
しかし、「僕の中の物語」なのだから書いてもいいのではないか、と今晩はじめて思った。
わかってもらおうなどとは思わない。
むしろ、そういう期待が、今日終わってしまった、という感じがする。

姉に悪気はない。調子が悪いとだれかを怒鳴ってしまうだけなのだ。
それはわかっている。
しかし、だからといって僕がそれにいつでも耐えられるわけではない。

なぜぼくの存在を基本的には無視してきた人がいまだにぼくを怒鳴るのだろうか?
いや、ぼくにはわかる。
たぶん基本的には姉の中で僕自身が存在していないのだ。
姉自身のために存在している「弟」という役割、家族の中での物語しか見えていない。
そこに僕個人がどう思っているかということなどなんの関係もないのだ。
ぼくは家族の一員としてでなく、僕個人としてずっと姉をみてきているのだが、それがおそらくまったく伝わっていない。

じつのところ、姉の怒鳴り声は本質的にぼくに向かってさえいないのだ。
それが中学のときからずっとわかっている。
なにか他のものに叫んでいる。
しかし、ぼくに向いてないからといって、ぼくが傷つかないか、というとそんなことはない。
むしろそれは純粋な、「無力感」を呼び起こす。
つまり、憎しみですらなく
「ただただ、怒鳴られている」ということになる。
あるときは、「あぁ、これはだれか別の男のことで怒鳴ってるのだな」と具体的な理由までわかる。
しかし実際に怒鳴り声を聞いているのは私だ。ぼくの体だ。
むしろ純粋にそのパワーだけが響いてくる。
そして同時に、あぁ、今日もまたずっと無視されている、とも思う。
姉を中心とした、うちの家族の「物語」の中にぼくは実は最初から加わっていない。
心の奥で、ずっと無視をしているのはそっちなのに、としか思えない。
ぼくの存在を感じていない人がただただ僕に怒鳴ったり、機嫌がいいとなにか調子のいいことを言ったりしている。

しかし、大人になって気づくのは、
恐ろしいことに、世の中で、他人を怒鳴る人はほぼ全員、
『相手の存在を感じていない」のだ。
怒鳴る人が感じているのは、「自分のこと」だ。そのために怒鳴っている。

姉が心を病んでから、
親に「お姉さんは、お母さんのことで弟さんを嫉妬し憎んでいる。だからあまり会いに来ない方がよい」と言われた。
そんなものか、とも思ったし、そんなものか?!、とも思った。
母親が僕をかわいがったから嫉妬して怒っている・・・そう言われたところで僕になにができるだろう?
もっと深いところでぼくがずっと思っていることがあった。
あなたたち3人は、ずっと小難しい話をして、
本を読まないで外をかけずり回っていた僕をちょっとばかにしていたでしょう?
かわいがっていた、というのは、いい言い方だが、けんかしていたとき、ぼくが必死にとめようとしても
なにも聞いていなかったでしょう?
ぼくはそう心の奥で思った。

とにかく、たしかにあまり会いにいかない時期があった。
そのことで姉はいまも僕を責める。
しかし、ぼくの気持ちの奥底にあったのは、
「ぼくが何を言っても聞いちゃいない」ということだった。

その後、病院に見舞いにいったりもした。言葉をかけるのもどうかと思ったから尺八をもっていって吹こうとしたが、
病院にいってみると、姉はほんとに動けないぐらい具合が悪くて、そんな感じでもなかった。
吹いたのか吹かないでかえったのか、忘れてしまった。

その後もいろんなことがあった。
ぼくはなんどもなんども姉に大人になってからも怒鳴られた。
死んでしまえ、というメールも来た。

どこかで自分が悪いことをしたのではないか、という思いがずっとあったのだと思う。
そして、今日も怒鳴られた。
おまえは、自分のことだけ考えている、と。
姉からそう見えることはもう受けいれようと思う。

しかし、同時にぼくは自分のこともきちんと受け入れたい、と今日思った。

姉が姉なりの地獄を抱えているというなら、
ぼくはぼくなりに自分の地獄を抱えてきた、ということを認めてもいいんじゃないか、と思った。
というか地獄ですらないのかもしれない。うちの家族の<地獄>という物語があったとしたら
ぼくはそれに加わってすらいない。
家族から、僕が<逃げた>のではなくて、
「最初から、僕は家族の問題に含まれていなかった」
それがぼくの率直な感覚である。
そう思って気付いてみると、ほんとうに別にいま始まったことではないし
実はなにも変わってないのだな、とさえ思う。

なんとうちの家族は、ぼくが10代の頃から、40年間近くお互いを
ある時はよく言い、ある時はののしる
ということをくりかえしてきたのだ。
こう書いてみると、それはまったく、江戸っ子の人情話に出てくるような
どなったり笑ったりしているふつうのことのようにさえ、聞こえる。
ぼくはそれがつらくてしょうがなかったが、案外他の3人は気にしてないのだろうか、と悩んだこともあった。

毎日のように、それぞれが、人をよく言ったり悪く言ったりする、そして、しょっちゅう怒鳴りあう。
叫び合う。
ぼくはそういうものが耐えられない。しんどかった。
ぼくはもうほんとに疲れ果てている。
離れているから疲れないとでも思うのだろうか。
ずっとののしりあっている。その事実だけで十分すぎるほど疲れる。
しかしそんなこともぼくだけの感情なのだ。

そして、今日は、久しぶりに僕自身が怒鳴られたわけだ。

刃は結局自分に返ってくる。
それを家族内でずっと見てきた。
あるときはよく言い、ある時は悪く言う。
自分で作り出した地獄や、自分で作り出した敵に、
調子が悪くなると、自分がはまり込むだけなのに、そういうことをやめられない人がいる。
そういう人たちは、そういうことに加わりたくない人たちの気持ちや
なんとかそれを止めようとしていた気持ちがわからないのだろう。

世の中にひとりで出てみたら、人を悪くいう人なんて、めったにいない。
怒鳴る人なんてなおさらだ。
しかし、うちではそれが日常だった。

もうあきらめようと思った。
僕はとにかく自分を大切にしなくては、と思う。

自分のことだけ考えてるだって??
これからよりそうしようと思う。ほんとうに。

ぼくはぼくなりにずっと心配してきたのだ。
姉のことをだ。母や父のことではない。
姉のことを心配してきた。
なぜならはじめから姉がなにかどこか悪いと思ったことはいちどもないからだ。
たった一度も姉が悪いと思ったことはない。
ただ人を責めないでほしい、とは思う。しかしなにかが悪い、とは思っていない。
しかしそんなことは相手にはなんの関係もなかったようだ。

しかし、ここまで嫌われては、ぼくも嫌いになるかもしれない。
いいかげんつかれた。
本人に悪いところはなくても、
ぼくを嫌いつづける人を好きになる理由なんてあるだろうか?
ぼくはそこまで善人でもなければ、仏様でもない。
そこまでの力も能力も余裕もない。

正直な気持ちを書いてみた。

明日以降これをみて、後悔するかもしれない。
大人げないな、と。

しかし、今日は書かずにはいられなかった。

20190423

2019-04-23 | Posted in DiaryNo Comments » 

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