Workshop

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2000年ごろから、自然発生的な音楽が日本でどう起こるのかに興味を持ち、楽器を並べておいた中で本人が演奏している空間に子どもたちにばらばらに入って来てもらい、そのまま30~40分ほどなにが起こるかただ見守る、、という「音の砂場」ワークショップをはじめる。その後「音の大縄跳び」「音の運動会」など、いろいろな独自のワークショップを、多数の保育園、幼稚園、小学校、特別支援学校などで実施。現在まで続けている。
2012年ごろからは、老人ホームや大人の施設でのワークショップもはじめる。

-2000年~現在
東京都生活文化局文化振興部(東京文化発信プロジェクト パフォーマンスキッズ・トーキョー事業)、東京都豊島区(「子どものための文化体験プログラム」、「次世代文化の担い手」育成事業)、東京都千代田区(「アーティスト・イン・スクール事業」)、横浜市芸術文化教育プログラム推進事業、文部科学省(児童生徒のためのコミュニケーション能力の育成に資する芸術表現体験事業)、「Kids In Arts」(UBSによる公募助成プログラム)、大分県みんなのアーツ体験事業、日本センチュリー交響楽団等の委嘱により、保育園、幼稚園、小学校、特別養護老人ホームでのワークショップや、オーケストラのためのワークショップアドバイスなどを行う。


Sandbox of Sound 音の砂場(2000年~)

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楽器を並べておく。子供たちが入ってくる。ぼくは何もいわない。ただ楽器を鳴らしている。30分、40分、、何がおきるか。

すぐ楽器を手にとって音を出し始める子もいる。

遠く離れて壁際で1人でいる子もいる。なんとか参加させようとする先生もいるが僕はそれを止める。

ぼくは、ただ、先生やスタッフが、子どもたちに「言葉で何かをさせようとする」ことを

「ちょっと見ててあげてください」とお願いして、「ただ見ててもらう」こと。

とにかく、一緒の空間にいることが音楽なんです。

いろんなことが起き始める。

だんだん子供たちは普段とは違う姿を見せ始める。

たとえば、ふだんでは考えられない組み合わせの2人が一緒に音を出し始める。

たとえば、その壁際にひとり座り込んで、ずっと加わらない子に他の子がさりげなくアプローチする。

子供は言葉でさそったりなんかしない。

微妙な距離感で遠くから音で呼んでいたりする。

ぼくは特に何もしていない。演奏したくなれば演奏する。でもとくになにかを決めたりしない。

でも、誰でも「ほんとうに何もしていない」ってことはない。

知らないうちに、いろんな子と、目が合う。音だけでほんとうに会話ができる。

あるときは、興奮してずっとスネアドラムを力のかぎり叩き続ける子がいる。

ぼくは、まわりの子にスティックぶちあてちゃわないか、見てる。

ボブマーリーは、「音で戦っても人は死なない」って言ったとか、言わなかったとか。

でも実際スティックがあたっちゃったらけがしちゃうな・・

でも、その子のとこにいって、なにか言葉でなにか言ったりは決してしない。

僕自身がわからなくなって、その子の横に立って、負けないくらい大っきな音を出してみたりすることもある。

子供はすごい。いや、人間ってすごい。

たとえば、見ていないようで、目のはしで、ちゃんと全員のことを見ている。

聞いていないようでいても、同じ空間にいると、ちゃんと音が聞こえている。

だから

「すごいこと」をする必要はない。

ぼくたちは、何も言わずとも、いろんなことを「解決する方法」を知っている。

「変えよう」としたり、「作ろう」とすることでなくて。

それは、まるっきり魔法の時間だ。

必要なものは、ただひとつ。

カオスを怖がらず信じる勇気だけ。

しかし、毎回ぼくは本当にどきどきする(笑)。

「うまくいかないこと」を恐れていては、魔法は生まれないのだ。


Sound Course  音の運動会(2003年~)

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音の運動会、、、と言いながら、とても静かな、時間。

楽器でコースを作る。

1人ずつ回る。

音は、ひとりずつ本当に違うのだ。

1人1人の手や、足の形が違うように。

子供はすごい。

この遊びを考えた僕自身が、

「あれ、運動会ってこと忘れてた!!」と思うくらい、聞き入ってしまう。

もちろん最初は、障害物競走とかリレーとかをイメージしてた。

もちろんそれもおもしろいのだけど

一番感動したこと。

バチをもって、汽車を走らせるみたいに、バチをもって木琴のレールの上を

コロコロコロコロコロ~

ってこすってくれたらうれしいなぁ、、と思って作ったコース。

ぼくもそれをやってみせた。

にも関わらず、1人の女の子が

そのすごい数の木琴を、だーーーーっとこするのではなくて

丁寧に一個ずつ、ゆっくり順番に

コンッ

コンッ

コンッ

と叩いていった。

え???

この子だけにものすごい時間がかかるんじゃないかな、、、

他の子待たして平気かな、、

と思った。

それが一体何分くらいの出来事だったのか今でもわからない。

でも、その子が最後の木琴の最後の一片をたたきおわるまで、

ほんとうにシーンとして

そこにいた子どもたちも、先生もみんなが、その音に聞き入っていたのだ。


Skipping Rope of Sound  音のなわとび(2003~)

 大学のときにジャズに興味をもったけど、とにかく不思議だったことが「ジャズでいちばん大事なところがどうしてこんなにまったく五線譜にはかけないんだろう」ってことだった。それについて卒論を書いた。最初の題名は「4ビートと8ビート」だった。

グルーブが合うってことは、ほんとにちょっとした魔法でもあるし、でも、すごく簡単なことでもある。 ぼくはいつも大縄跳びをみんなで飛べるようになったときのこととか、自転車に乗れるようになったときのこととかを考える。いろんな魔法を習得して大きくなってきたのだ。

「音のなわとび」は、レゲエの有名なトラックを使ったアンサンブルだ。ひとりひとりのやるパートはものすごく簡単だから、楽譜なんかもちろんいらない。簡単なアンサンブルのループができあがる。

重要なのは、大縄跳びを飛ぶようにみんなで音のなわとびを飛び続けられるかだ。そして、大縄跳びに、入ったり抜けたりするように、遊んでもらう。いわゆるトラックのON, OFFだ。あるときは5人で同時に飛び込んだり抜けたりしてもいいし、ひとりで飛び込んだりぬけたりしてもいい。なれてきたら、基本的な自分のパートにアレンジも加えられるようになる。これは、大縄跳びでいうと、飛びながら回転したり、片足で飛んだり、もっと慣れてきたら飛びながら逆立ちだってできるかもしれない。

ルールさえおぼえたら、小学生でも、最初から最後まで自分たちでその場で構成をつくりつつ発表会での演奏だってできる。

とってもあたりまえのこと。

大縄跳びは、先生に決めてもらった構成で飛ぶもんじゃないんだ。

 

2020-05-19 | Posted in WorkshopNo Comments » 

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