Diary

ゆめきちありがとう

いつも自分でいること。

弱いときも。

工夫せず、隔たりなく、繕わず、まわりにいつもそれをあらわにしていること。

それを教わったのだ。

いつも。

 

勇気は強がることじゃない。

形を作ることでもない。

人を選ぶことでもない。

 

2018.6.11

 

 

 

2018-06-11 | Posted in DiaryNo Comments » 

 

2018.5.4 毎月第一金曜日 世界で一番小さい盆踊り Sampoyoshi@Kyoto Reggae Bar “Rub a dub”

(2018.5.4)
今年から急に活動が活発化してきたサンポーヨシ、いままでの地道な活動が実っていく(これから 笑)予感がする。

今年はじめくらいから、レゲエバー”ラバダブ”で、毎月第一金曜日に、サンポーヨシが「盆ダンス」ナイトをお送りしている。

ぜひ見に来てほしい。おそらく、世界で一番小さい盆踊り。バーのテーブルのまわりをみんなで輪になっておどっています(笑)
しかも、外国の方の比率が高い!!みんな最初は、どうやって踊るんだろう?と見ていますが、最後のほうは全員でおどってます(笑)絶対楽しいので来て欲しい。

写真は、5月4日(金)の夜のぼくのキーボードセット。盆踊りバンドを思えないエレクトリックな感じ。

そしてこの投げ銭入れに使われている入れ物の名前が
サンポー
!!

2018-05-09 | Posted in DiaryNo Comments » 

 

Lamp リキッドルーム 。感謝と、迷い続けてどこかに行く音楽。

何かを誰かに伝えようというのはなかなか大変なことだ。

この3日東京に滞在して、Lampのリハ、東京音楽大学でのWS、そしてLampリキッドルームライブというスケジュールだった。

Lampのライブが終わって一番思ったことは、ほんとうにバンドというのは(Lampはサポートメンバーで正式メンバーというわけではないけれど、それですら・・・)時間をかけることでほんとうにいろんなことが進んでいくのだな、ということだ。
音の粒の大小や楽器のタッチの話、ゴリゴリしたグルーブの強さと音のやさしさや柔らかさの話、それぞれがキープしなければいけないクリック的なタイム感とお互いを聞き合う良さの話。。
音楽の演奏の中でともすれば相反するようないろいろな要素について、ここまでサポートメンバーの人たちと話し合ったりしながら、何度も演奏を重ねられていることはとても幸せなことだなと思った。
それと同時に、あと一歩、もう少しあと一歩進めたら、より次の段階にいけそうなんだけど・・ということも思った。

物語。そこまでいきたい、と思う。
ここでそれについて全部書くことは難しいかもしれない。。

昨年の中国ツアーでとにかく心がけていたことは、とにかくボーカルが聞こえるように、ということと、音がパンチがあったり低音が聞いていたり、、というところから、もう少し繊細な音の細かい粒やタッチが見えるような世界へ、、ということだった。
中国ツアーの最終日に随分そういう感じも出せていたように思う。

今日はどうだったんだろうか。ずいぶんタッチの細かさで他のメンバーと合わせることはできるようになってきたように思う。
でもなんだろう?まだ勢いで押してしまうところ、ちょっとどこか強さに走ってしまうところ、そういうところがまだあるような気がした。でもそういうのが好きな人もいるかもしれないからなんとも言えないのだけれど。
抽象的に物を言うのは難しい。。音がつぶれる、っていうことについてかもしれない。
ほんとうは全ての音がクリアにきれいに出る状況というのがかならずあるはずなのだ。
しかもそこで勢いや強さも死なないはずなのだ。

こういうところで書いていいことかどうかわからない。
でも、なんか今日こんな日記を書いてみようと思ったのには理由もある。

ここからはLampの演奏の話とかからはぜんぜん離れてしまうのだけれど、、、
わからないのだけれど、おそらくここしばらく、おそらく10年近くになるんじゃないだろうか。。ほんとうに言いたいことっていうのを少し言うべきではないのじゃないか、、というか、そんな風に思っていたような部分があるように思う。
あまりに誤解が多かったり、うまく言えなかったりするとそういう風になってしまうのだろうなぁ、と今はわかる。
ずいぶんと思ったことばかり言ってしまうほうだろうから今ぐらいがちょうどいい、と近くの人には言われそうだけど。そして音楽に限ってのことだけじゃないのだけれど。
でも、なんだか不思議なんだけれど、今日ホテルに戻って来て一人でいるうちに、なんとなく、やっぱりほんとに自分がいいと思うことについては言っていかないとだめなんだな、と改めて思った。
思ったと言うか、ぽっかりそれだけが浮かんできたから書いてみた。

何かを言ってもいい、、じゃなくて、むしろやっぱり言わなきゃだめなんだなと。

すっかりおじさんになって、こんなほんとう青いことを書いているのは恥ずかしいのだが書いてしまった。
自分の思っていることばかり声高に言ったり、それを相手がわかってくれるべきだ、と思うのはすっかり間違っているのはもちろんなんだけど、そうではなくむしろ相手は相手の自由があるからこそ、自分がいいと思うことは丁寧に根気強く伝えることもやっぱり必要なんだろうな、と思った。あきらめてはいけないというか。

もちろん音楽という意味ではそれをメンバーに伝えるとしても、それを言葉でなく演奏で伝えられるのがベストだ。
やりたいことがあったらひとりでしろ。という少女漫画の中のセリフがあったっけ。あれは「おんなのこ物語」というバンドについての少女漫画だったな。あの作者がすごく好きだった。

そう、いろいろ思っていること、やりたいことがある。
僕はたぶんやはり、「これがオッケー」という音楽がやりたいのではないのだな、と思う。
こうすればオッケーという音楽ではなく、いつもある意味自信がなく迷い続けてどこかに行く音楽。
そういうことがやっぱりやりたいんだな。
とあらためて思える。

ほんとうに感謝しています。
今日のすべてのお客さんと、Lampのメンバー、サポートメンバーそして、すべての今日のスタッフさんすべてに。
ありがとうございました。お疲れ様でした。

ほんとうはそれぞれの曲についても、それから音についても、思っていることがいっぱいあるのだけれど、一番書きたかったことだけ書いて今日はまずは寝ることにしようと思う。

明日は、岡崎公園で、江州音頭バンドのライブだ。

2018.4.29

2018-04-29 | Posted in DiaryNo Comments » 

 

不安定な春

春はどことなく不安定だ。
自分もそうかもしれない。そして、なんだかちょっと相談めいた電話やメールも多い。

うまく言えないのだが、、
何かに対して、「こうしたらよいのだ」と考えても、あまり意味がないことが多い。

特に、自分でそう思うのは良いこと(の場合もある)が、それを他の人に話してもほとんどの場合通じない。

人はそういう意味で実はひとりだ。一人ずつ。
でも、ひとりぼっちだという意味ではなく、むしろひとりひとり本当に全く違うということだ。

わかりあえるところがないというのか!、と言われそうだが、
そういう意味じゃなくて、、
うまく言えないが、わかりあえるとしてもそれは「空想の世界で」ということだ。

今ここにいる猫が、向こうにいる猫と全く状況が一瞬一瞬違うように違う。
猫もたまに他の猫と出会って
にゃーお
なーお
と言い合っているが、
それはその時のことで、またそれぞれ、餌を探しに行ったり、昼寝をしたりする。

うまく言えないな。
大事なのは何かを共有することではない、と思う。
普通あまり大きい声でいう人は少ないけど
本当にそうなんやないか、と思う。

やはり、わからない自分以外のものを愛しつつ
それぞれがなんとかやってくしかないのではないか。
理解しあおうということには、ある意味すぐに限界がくる。
だってわからないものなぁ。
自分のことさえ、大して。

・・という今日の感想。
にゃーお。

2018.4.21

2018-04-21 | Posted in DiaryNo Comments » 

 

深い話が通じるということ・体と遊び・カレー

5月31日の自分の歌のソロライブのためのミーティング。自分で歌のライブをする勇気などでなかったから、今回はプロデューサーの方がついてくれている。しかも二人も。今日は曲目を決めた。
少し深い話。そういう話がきちんと伝わることにはとても喜びがある。
木の葉について、そして、プロデュース、ということについて。
いくつになっても自分にとって新鮮なおどろきがあるというのはとても幸せなこと。

京都女子大学の授業。事務の方に、今度いらした先生は鈴木先生に雰囲気が似てますね。と言われる。60代半ばの相当な経験をお持ちの方に似ていると言われるととても恐縮だが、たしかに、子供に接することをずっとやっているとどこか似てきたりするものなのだろうか。
子供の先生になる生徒たちに一番伝えたいことは、やっぱり「体」のこと。そして「遊ぶ」ということ。でもその中にはたくさんの細かいことが含まれる。ピアノの構造や、音遊びのいろんなネタなど。今年も楽しみだ。

家に帰って宅録をする。前から頼まれていた、歌ものにピアノのバッキングを録音する。この何年かでまたよりピアノの音が好きになっている。もっとピアノの練習がしたい。

久しぶりに料理をする。カレーを作る。一人暮らしをしていたころからよく適当なカレーを作る。久しぶりだ。玉ねぎをじっくりいためて、クミンとハーブを入れて、今日はにんじんとごぼう、だいこん、かぼちゃ、をトマトジュースを入れてじっくりと煮込んだ。トマト缶がなかったので、トマトジュースを使った。ぬかづけを切った。ぬかづけは気をぬいてたら少ししょっぱくなりすぎていた。

昨日のピアノの生徒さんに、肩甲骨の使い方の説明をしたのを思い出す。
いまごろになって甲野善紀さんのワークショップで見たことがいろんなことに生きてきている。
人間の重さというのはすごい。思っているより私たちは、重たいのだ。比喩的な意味ではなく。ほんとうに「重い」。何十キロという重さのものが動いているというのは改めて考えるとかなり驚異的なことなのだ。ほとんどの時間それを忘れて過ごしている。
頭の中で考えるいろいろな「大切なこと」より、ほんとうの「重さ」を感じることがはるかに、「ほんとうの意味でのひとりひとりの重さ」を感じることにつながる。
和田さんから借りた、シコの本も同じようなことを言っている気がする。シコでも踏もう。

2018.4.12.

2018-04-12 | Posted in DiaryNo Comments » 

 

こどもの環境・ピアノを弾くからだ・声が聞こえるということ

京都女子大の初の授業だった。4回生は幼稚園や小学校の先生になるための試験でピアノを弾かなければならないから、3回生までよりはちょっとピアノに対するいろんな必要がでてくる。
ぼくもそれに対応していろんなことを伝えていかなくてはいけない。

深見先生が東京の大学にうつられて、今日は新しくいらっしゃった神原先生との初の授業だった。国立音楽大学でリトミックを専門にされていた先生。これから僕自身いろんなことを学べるのではと楽しみです。
今日、先生が生徒のみなさんにお話してたこと。
「こどもたちに音楽をしてもらうときは、他のこと、たとえば造形とかお絵かきとかそういうことと一緒で、<環境づくり>が一番大事です。環境ができてしまえば大体あとはうまくいく」というようなことをおっしゃっていて。ぼくは、おぉ!!ほんとうにまさにそうですよね!と心の中で大きくうなづいてしまった。
僕もワークショップをいろんなところでやるようになって、「ほとんどのことは空間配置で決まっている」ということが体感でわかるようになった。
そしてそれは自分が演奏活動をするときにも、大きく影響している。要は自分で選んでるのでなく空間上そうなっている、ということがすごく多いのだ。音楽の場合。
私たちは、どこかで同じ空間の中にいて、物体としてつながっている。

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そしてピアノの生徒が今日は2人。ピアノのレッスンは決して知識の伝達がメインではない。それももちろんあるのだが、一番重要なのは、少しずつ「体」が変わっていくことだ。それに関しては知識だけでは伝えられない部分がある。それを、いろんな言葉や身振りを使ってつたえていく。

人の体はすぐには変わらない。

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夜、急に雨がふった。強い雨。
最近いろんなことがあった。なんか同じことが何年か前に他でもあったな、と思う。
少し冷静になって考えてみた。
僕が仕事に関して「お金」に関しての情報開示にうるさくなるときというのは、周りから「意外とビジネスライク」と言われたり、「仕事意識が強い」もっというと「お金にうるさい」と思われてしまうことが多い。
しかし、雨の中を歩きながら、ふと気づくと、そういうときに自分が一番警戒してしまっているのは
「無言でリードされたり決められたりすること」なんだな、と思う。
とても生理的な感覚なのだが、自分はそれが「いいこと」であっても、暗黙のうちにリードされたり決められたりするのをすごく嫌うところがある。
どうもそれを表現すると、表現が下手なだけだと思うのだが、「信頼してない」と思われたり、「ビジネスライクすぎる」と思われたりすることがほとんどだ。
ふと気づくと、おそらく自分がほんとに伝えたいことはうまく伝えられてないのだな、と思う。

でも世の中一般的には、「だまってまかせる」というのが信頼の証らしい。
ぼくはそういう文化にはなじまないのかもしれない。

ぼくにとっては、信頼というのはなんだろう・・
と考えてしまった。

たぶん、
お互いの「声」がちゃんと聞こえる、ということ

かな、と思った。そのとき、そのとき。

なぜなら、ほんとうは「私」も「あなた」も同じ空間では溶けていくだけのかりそめの今でしかない。
そこには、優劣がないのはもちろん、ほんとはどちらもいないのかもしれない。
だからこそ、大事なのは頭の中の概念ではなく、いまのあなたの声が聞こえること。

「私はこうです。あなたはどうですか?」

2018.4.11

2018-04-11 | Posted in DiaryNo Comments » 

 

時代が通り過ぎてしまった


今度、5月31日になんと弾き語りのライブをやります。
そう決心しました。
背中を押してくれる人がいたから、なのですが。
ぜひ見に来てほしいです。

20歳ぐらいの頃からずっと実は弾き語りの曲を作っていました。
もともと弾き語りを目指していたのです。最初は。
でも、あまりに歌の評判が悪く(笑)結局、鍵盤プレイヤーになりました。

鍵盤奏者として生活するようになってからも、どういうわけか
折に触れて、自分のためだけに歌をよく作っていました。
自分だけのための歌。
でも心のどこかでいつかは誰かの前で歌うこともあるかな、と思っていました。多分。

今日だけでは書ききれないいろんな気持ちがあるのですが、
今日書こうと思ったのは、一つ面白いなと思ったことがあるのです。

今回、背中を押してくれた人に、勇気を出して曲を聞いてもらいました。
1曲「団地の道」という曲があるのですが、
僕が20歳の頃に友達に聞かせた時には
「お前、団地とか歌詞に使うのはダサいんじゃないの?」
「四畳半なんとか、、みたいで普通歌詞に使わないよ」
とか言われてすごく評判が悪かったので
そこが大丈夫かなぁ、と聞いてみたところ、全く気にならない、と言われました。

考えてみると、団地というもの自体があまりなくなってしまったのだな、と
気づきました。
考えたら30年近く経っているのだ。

こういうのはなんていうんだろう。
よく「俺は先を行き過ぎて、時代がようやく追いついてきた」
という人がいますが、
その正反対でもともと20歳の頃にダサいと言われるようなことを歌ってた僕は
今も基本的に全くその頃と変わってはいないのだけど
気づいたら、(ダサいという言葉自体もそうだけど、)すっかり時代が変わってしまって
単純に今はもうなくなってしまったり通り過ぎていってしまったことを、
自分ではもうよくわからないまま今歌おうとしているのだろうなぁ、と思うと
少し笑ってしまった。

そんな全く個人的な回顧展のようになってしまうかもしれませんが
それでも興味を持ってくださる方がいらっしゃったら
5月31日の夜を空けておいてください。

よろしくお願いします。

2018.4.3.

2018-04-04 | Posted in DiaryNo Comments » 

 

三味線。タイミングというのはいつかやってくる。

最近ようやく再び三味線の勉強をまた始めた。
僕は20代後半くらいから、いつもどこかで「日本のルーツの音楽を勉強したい」という気持ちがあったので、ちょこちょこ邦楽の楽器をやろうとしては挫折してきた歴史がある。
そんなわけで、僕の部屋にはずっと、練習用の尺八(竹でなく木でできたもの)、練習用の三味線(猫の皮でなくプラスティックの皮のもの)、練習用の篠笛(竹でなくプラスティックでできたもの)があって、たまに触ったりながい間放ってあったりした。

しかし面白いもので、人生というのは長く、そんな20代になんとかやろうとしてた邦楽の楽器たちに触れる機会がまたやってきた。4年前に始めた江州音頭のバンドで僕はキーボードを弾いている。
いつも右手で三味線の音(やブラスやエレピ、オルガンなど)を出すキーボードを、左手でキーボードベース専用のキーボードを弾いている。そのバンドはベーシストがいないわけだ。
そのバンドで右手で鍵盤で三味線の音を弾いているといつも「本当の三味線だとどう弾いてるんだろう?」ということが気にかかってくる。気にかかってはくるのになかなかタンスの上につみっぱなしの三味線には手が出せずにいた。

不思議なものでタイミングというのはいつかやってくるものだ。僕がその三味線を他の人に少しの間貸していたのを持って帰ってくる日に、一緒だった人が「今行ってる先生を紹介してあげようか?」と言ってくださった。

お、来た。

と思った。本当にいつも不思議なのだが、「やろうやろう」と思ってもなかなかできなかったことが、すごく簡単にできる瞬間というのはいつも突然不意にやってくるものだ。

「ぜひ紹介してください!」と僕は言った。

そんなわけで今日は三味線のお稽古の日だ。
うそものの、練習用の三味線だが、それでも2万か3万はしたんじゃなかったかな。20代後半の僕にとっては大した買い物だった。無駄にならなくてよかったなぁ。

2018-04-03 | Posted in DiaryNo Comments » 

 

ピアノレッスン・曲作り・オフィスケパサキ

新しいピアノレッスンの生徒さんがきてくれた。

いつものように、
コードの基本。
そして、ピアノの奥が均等に並んでいること。
ピアノの表面を撫でて触ることの意味。
ピアノの鍵盤の深さについて。
ダンスとの関係。
などを説明。

昔から一緒にレゲエのバンドでライブをしたこともある、ボーカルの女性。
ダンスができる人はやはりピアノの触り方を覚えるのが早いなぁ、と改めて思った。

曲作り。Yarnの始動に向けて。
曲を作るのは楽しい。でも大切なことは何か、を考えさせられる。

夜は、オフィスケパサキ。ケパサキのサイトを更新することができた。
そのあとは誕生日会で中村さんがお赤飯を作ってきてくれた。嬉しい。

いろんな話が久しぶりにできてよかった。

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寝る前に思うこと。
人はそのときそのときで思うことが変わる。
調子が良い時もあれば、悪い時もある。
その波によって、目の前にいる人への対応も微妙に変わる。誰しもある程度そんなところがある。

相手が、自分に向かって話しているのか、
それとも、何か「世間」という何か大きなものに向かって話しているのか、
自分が何かその「相手にとっての世間」の一部として話をされているように感じる時、とても孤独に感じる。誰しも多分。
自分も何か大きな分類の一部でしかないのか、、と。

改めてそういう意味で僕はレゲエという音楽が好きなんだなぁ、としみじみ思う。
もう今はレゲエでないジャンルの音楽をやることが多くなった。
しかし、僕にとっての、レゲエは、ジャンルではない。「ひとつひとつへの音へのリスペクトを忘れない」という哲学だ。
それは、全体とは関係がないところで相手をきちんと見ることができるようになる練習のような音楽だ。
優劣はない。キャラだけがある。

どんなに世間の価値が色々変わっても、どんなにすごいものや、すごい人が現れても、
私とあなたの今の関係にはなんの影響も及ぼさない。
いま現在や、いま目の前にいる相手、それ以上のものはどこにもない。
それ以外のことは全て忘れて相手と現在を聞く。それ以外にすべきことは一切ない。
だから、自分も何かより優れる必要は全くない。そんな必要はゼロだ。
そういう意味で自分が、そして相手がある程度ダメであったり月並みであったり、抜けてたりすることは本当にいいことなのだ。それでいいと思っていることがとても重要だ。
「どんなに素晴らしい世界が来ようとも、すごい革命を起こせても、そんなことより自分が自分らしくダメであることの方がよほど重要だ。」
(これは随分逆説的な言い方だけど。)

でも、相手との関係、目の前の音との関係というのはいま、まさにいつもここにある。
それは本当に優劣ではないのだ。いつも。

2018.3.27

2018-03-27 | Posted in DiaryNo Comments » 

 

2018.2.18. やってみないとわからないという老師の教え、そして、カネタタキライブ

昼間は、カネタタキの二人によるワークショップ。
くわしいレポートはこちら。

やはり、簡単そうに見えることや、あほらしいことを、「やってみる」
それがすべてのはじまりだ。そうだなぁ。
今日であった「こども老師」から教わったこと。

そして夜は、しかしやってみなくても、なにかがやってくることがあるのだなぁ、と痛感。

2018-02-20 | Posted in DiaryNo Comments » 

 

泥の遊園地、大丸ビアガーデン 2017.8.11.

朝6時に京都駅に集合。常滑へ。6年目の「泥の遊園地」。今年は午前中だけの参加。

毎年のように、泥の田んぼ(子供が遊ぶ池)をスタッフが用意する中、僕は演奏を始める。

ペットボトルの太鼓と、空き缶の金物、そしてエアコンのドレインホースを振りながら、片手でケンハモを吹く。

いつもスタートするときは、少しお囃子のような、お祭りの始まりのような、そんな気分になる。

蝉の声、むっとする暑さ、足には蟻やらバッタやらがやってくる。

ちらほら子供たちがやってくる。

少しずつ少しずつ、こどもが恐る恐る近づき、僕の周りの楽器を手にとって鳴らし始める。

 

即興演奏に続いて、さんぽ、にんげんっていいな、なども演奏。ボブマーリーの曲も。ボサノバも。

ミュージアムの館長さんもバンドのバンマスをやってる方。いっしょに楽器を鳴らしてくれる。

イパネマをやりましょう、という館長さん。

イパネマを演奏し始めたら急にこどもがたくさん寄ってきた。

 

京都に戻って、京都大丸へ。

ビアガーデンでアラトーリさんと、スタンダードジャズを演奏。

 

 

 

 

2017-08-14 | Posted in DiaryNo Comments » 

 

2017.7.29 徳島。鳴門こども園さら。尺八とピアノの演奏会+ワークショップ

徳島の鳴門にある、「こども園さら」に、演奏会とワークショップに訪れた。
尺八の岸本寿男さんとの演奏会。
アプライトピアノを演奏した。
午後は、園のスタッフさんのみなさんと音楽のワークショップ。
僕がやってきた「音の砂場」をはじめとして、いろんな音遊びをいっしょにしてもらう。
その後、楽器を壊してしまうこどもについてのお話など。

帰りに徳島の海に連れていったもらった。

2017-08-01 | Posted in DiaryNo Comments »